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バックナンバー(2004年度)

事例4 母国で活躍する帰国した技能実習生


隋(ズイ)  灵燕(レイエン) さん (中国)
婦人服製造の研修・技能実習を修了した隋 灵燕さんは、2004年4月に帰国し、復職した会社の社長に勧められ、同じく帰国した技能実習生である古くからの友人の経営する縫製会社に資本参加し、副社長となった。現場の指導者達を指導、教育、管理する立場にあり、彼女が日本で学んだ技術・技能を伝えている。日本の品質管理やものづくりの考え方を学ばせ、将来の管理者候補を育成するために、今後は日本への研修生送出しも視野に入れており、日本にあるかつての受入れ先とも連携を保ち、両者の関係がより良いものとして発展していくように努力したいと考えている。
   写真の建物の三階部分には、隋さん達の経営する工場が入っていて、現在80名程いる従業員を将来は250名程度まで拡大したいとの夢を持っている。


隋さんと彼女の工場の入っている建物


工場の作業風景




バソ・オントさん (インドネシア)
バソ・オントさんは1999年に来日し、茨城県で鉄工の研修・技能実習を修了後、2002年に母国のインドネシアへ帰った。彼は日本へやってくる前から自らの会社の設立を決意しており、日本で学んだ鉄工の技術を最大限活かすことが出来るように、門扉製作会社を設立した。
事業が軌道に乗るまでは困難な時期もあったが、日本の受入れ先で鉄工技術を教えてくれた日本人同僚達の期待に応えるために、自らを奮い立たせ頑張ってきた。設立した会社も安定した収入を上げられるまでに成長し、今後は会社を大きくし、多くの従業員を雇い、インドネシアの発展と日本で技能を教えて頂いた方々の期待に応えるよう頑張りたい、という夢を持っている。帰国後結婚し、子供も生まれ、私生活も仕事も共に充実した毎日を送っている。



バソさんの門扉製作会社


バソさんとご家族


張(チョウ) 艶(エン) さん (中国)
張 艶さんは2000年、日本の縫製業の技術・技能を学ぶために、中国から研修生としてやってきた。初めは片言の日本語で指導員の指示に従い作業をしていたが、より高い技能を修得するためには日本語が分からなければならない、と感じるようになり、日本語の猛勉強を開始した。多くの人に日本語を教えてもらうようになって、職場の同僚と信頼関係を築くことができ、気がつけば小さな国際交流の輪が出来上がっていた。
JITCOの日本語作文コンクールでは2002年、2003年連続で佳作に選ばれるという快挙を成し遂げたほか、技能実習1年目が修了する頃には日本語能力試験((財)日本国際教育支援協会実施)2級に合格し、帰国後は見事1級に合格した。 派遣元企業に復帰した後、現在は送出し機関である中国西安国際経済技術貿易公司へ就職し、これから日本へ研修に行く後輩達に日本語や日本の文化・習慣についての事前研修を担当している。張さんの生徒達は皆前向きで彼女に習って日本での研修・技能実習生活を大事にしたいと考えている。
「もっと自分の故郷に役立つ人間になろうと思っています」帰国後の張さんから受入れ先へ送られてきた手紙にはそう綴られていたという。
彼女はさらなるステップ・アップを目指し、大学の夜間コースに通っている。



張さんの授業風景


(取材:佐久間大策、富田広樹)