優秀賞 『吉川先生』
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有限会社中西精工 韓 艶麗 |
私の住む榛原町は国際交流会で組織する日本語教室があります。毎週木曜日に近所の外国人に日本語を教えています。教える人たちはみなボランティアで、定年退職した老人も多いです。その中の一人、吉川先生は痩せて背があまり高くない男性です。老眼鏡の下の眼光は鋭いです。体も元気で身なりも質素にきれいにしていて、とても70歳すぎの老人には見えません。先生は優しくおだやかでいつも非常にまじめに教えてくれます。
毎週木曜日、雨が降っても風が吹いても吉川先生は時間通りに必ず日本語教室に来ます。私がもっと日本語を学びたいのを知って、自分の家で土曜日に特別授業をしていることを教えてくれました。私は心からうれしかったです。
先生は勉強だけでなく、生活の面でも私たちに配慮してくれます。一度私が残業でご飯を食べる暇がなく先生の家に行った時、先生はすぐ気がついてお茶とお菓子を出してくれました。「食べてね!おなかすいて勉強するのはよくないよ。」私の恥ずかしい顔を見ると優しく言いました。「あなたは自分の国を離れて一人で日本で暮らしてる、たいしたものだね。ここを自分の家と思って遠慮なく食べてね。」私は感動して涙があふれてきました。
時間がたつにつれて私も日本語が少しずつ上達して、先生といろいろな雑談ができるようになりました。日中の文化の違いや先生の外国旅行の話など、面白かったです。
去年4月に中国で大規模な反日デモが行われました。テレビも新聞も一日中いろいろな出来事であふれていました。優しい日本人に囲まれている私は心の中に、言い表しがたい痛みが出てきました。私は複雑な気持ちを持って先生の家に行きました。先生はいつものとおりに私を待ってくれていました。でも私の様子に気づいたのか、自分から「最近、テレビ見た?あんな残念なことは誰でも、見たくないよね。」と言ってくれました。それからこんな長い話をしてくれました。
六年前に先生は初めて中国人研修生に日本語を教えました。その中の一人、王さんという人が帰国してから、中国で日本語の先生をしています。王さんに誘われて先生は自分の生徒たちに会いに中国へ行きました。自分が教えた日本語が中国でたくさんの人に役に立っていることがわかって、とてもうれしかったそうです。「日本語がわかる人が一人でも増えれば日本と中国の交流の橋は一つずつ増えていく。日本と中国の人民は一歩ずつ近くなっていく。こうやっていけばいつかは今のような残念なことはなくなり、日本と中国は友好的な隣国になる。」
私は聞いているうちに涙が自然と流れました。こんな平凡な一市民である老人が、こんなに大きい夢を持って私たちに教えてくれています!
帰りにいつものように先生手作りの資料をもらいました。帰ってから読んでいくと、その字と字の間には先生の希望と夢が見えるようでした。
受賞の喜び
「第14回日本語作文コンクール」の優秀賞を受賞できましたことは、私が日本に来てからの一番の喜びです。まさか賞をもらえるとは思っていなかったので、社長さんから「韓さん、あなたの作文は優秀賞をとりましたよおめでとう」と聞いたとき、信じられないほどうれしかったです。
日本に来て、感動したことは一杯あります。日本は風景が美しいというだけではなく、人の心はもっと美しいと思います。この作文の主人公は私の恩師―吉川幸次先生、吉川先生は榛原町日本語教室の一員です。日本ではこんな人はどのぐらいいるのでしょう。私の作文は吉川先生があってはじめて生まれました。
今回の受賞は単に私のみの力によってなされたものではありません。社長さんや会社の皆さんのご支持や、研修生活をいつも支えてくれている静岡県経友会の先生方のご指導の賜物です。本当に心より感謝しています。
今回の受賞をきっかけに、更にしっかり頑張り、日本語の勉強に努め、日中の交流のために、出来る限り役に立ちたいと思います。





