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優秀賞 『フィリピーナのパパ』

写真

株式会社ナガエ

ジンキィ・エスタロザ(研修生)
ESTALOZA JINKY GORIO
(フィリピン、仕上げ)

 私は、2004年7月にフィリピンのミンドロから来ました。富山県高岡市にある株式会社ナガエで働いている研修生です。 

 フィリピン人女性というと、みなさんはまず、フィリピンダンサーをイメージすると思います。彼女たちは、日本人のパパさん(パトロン)を探しているようです。 

 けれども、実は多くのフィリピン人は 今でもかなり保守的です。

 まずは「2羽の白鳥」という フィリピンのむかしばなしを ご紹介します。

 むかしむかし、あるところに 若い男女がいました。ふたりは恋人どうしでした。でも、女の子のお父さんは そのことを 大問題だと思っていました。

 その時代には 結婚前の娘が、男性とふたりきりで会うのは とても悪いことでした。(今でもマニラ以外の地方ではこれはあまりほほえましいことではありません)

 ある日ふたりは 川のほとりで会って、デートしていました。そこへ 女の子のお父さんが、なたを手に持って 現れました!

 ふたりは にげながら川に飛びこみました。飛びこむ直前に、天国で結婚することを ちかいました。そしてふたりは 川の中から浮かびあがってきませんでした。その後、ふたりのすがたを見た人はいません。

 長い月日がたって、人々は その川で2羽の白鳥が泳いでいるのを見るようになりました。  おしまい。

 私の父は、このむかしばなしのお父さんほどではありませんが、やはり とてもきびしい人でした。

 父は、私が生まれたとき、男の子じゃなかったので がっかりしました。父の希望は、一番目の子どもは男、二番目の子どもは女でした。私はふたり姉妹の長女です。

 私は生まれたとき、もうすでに 父の期待はずれの子どもでしたから、勉強はいっしょうけんめいがんばりました。

 高校の卒業式で 私は、成績優秀者としてメダルをもらえることになりました。

卒業式で 私の首にメダルがかけられた時、父の目に涙が浮かびました。その時初めて私は父にみとめられた、と感じました。その後、私はマニラで大学に進学しました。

 父は5年前に亡くなりましたが、 「あなたの人生に一番えいきょうをあたえた人は、だれですか。」ときかれたら、私は「それは父です。」と こたえます。

 最後に日本のみなさんにお願いがあります。町で私たちフィリピン人研修生を見かけたら、「またフィリピーナが日本人のパパさんを探しにきている」と思わないでください。みんながみんなそうではないのです。

 フィリピン人女性にもきびしくてやさしいお父さんがいるということを想像してください。今、私は毎日仕事をがんばっています。

 父の自慢の娘になりたいと思いながら、これからもがんばりたいと思います。

受賞の喜び

 それはいつもと同じ朝、私はとてもお腹がすいていて、あと5分でお昼ごはんというとき、水野先生の車が見えました。いつものように研修のれんらくかな、それともフィリピンのニュースを知らせに来てくれたのかな?水野先生は笑ってい ました。「ジンキィさん作文入賞!」私ははじめ聞きまちがえたと思いましたが、先生はもう一度「2等賞だから10月5日に東京へ行くんですよ。」と言いました。しんじられない!私はうれしくてお腹がいっぱいになってしまいました。日本人の同りょうがおめでとう、すごいねとよろこんでくれました。

 今私は12月の日本語3きゅうしけんにぜったい合格しなければと思っています。私の研修をささえていただいた私の会社ナガエ、テクノ・トヤマ、日本語のさちこ先生にかんしゃします。そして、何よりもこの祝福をくれた神様に!